コラム 2022.06.13

「野球肘」を未然に防ぐための 「北海道野球肘検診」の取り組みとは?

今年度の「運動器の健康・日本賞」に輝いたのは、北海道で活動する「北海道野球肘検診」。ボールを投げる動作を繰り返すことで肘に起こる障がい「野球肘」を防ぐための取り組みについて、北海道大学病院 スポーツ医学診療センターの整形外科医・門間太輔先生にインタビューしました。

門間太輔(もんま・だいすけ)北海道大学病院 スポーツ医学診療センター助教、日本整形外科学会認定整形外科専門医、日本スポーツ協会公認スポーツドクター、日本ハムファイターズチームドクター、北海道野球協議会医科学部会

 

――北海道で野球肘検診が始まった経緯を教えてください

   日本の野球肘の検診は、1980年代後半に徳島県で行われたのが最初と言われています。その後、2000年代になると、手軽で正確、かつ場所を選ばず野球肘の検診ができる超音波の検査機器が登場したことで、全国的に普及し始めます。北海道では2010年からNPO法人 北海道野球協議会の医科学部会の活動の一環として「北海道野球肘検診」がスタート。年間の検診参加者数は2010年に144人だったのが、2021年には1492人まで伸びました。

「北海道野球肘検診」の様子

 

――改めて「野球肘」とはどういう障がいなんでしょうか?

   投球動作を繰り返すことで起こる肘の障がいを指します。手のひらを天井に向けたとき、小指側が「内側」、親指側を「外側」とすると、この両方にそれぞれ起こります。痛みを自覚しやすいのは内側。再発しやすく、後遺症を残しやすいのが特徴で、野球をしている人の3割が肘の内側に何らかの問題を抱えていると言われています。プロの世界でも、例えば大リーグのダルビッシュ投手などが肘の手術をした、などとニュースになるのはほぼ内側の障がいです。

    一方、外側の野球肘の場合、初期は痛みをほぼ感じません。かつ、これが起きるのは小学4年〜中学1年くらいまで。いわゆる成長期に発症しやすいのがポイントです。そのまま自然に治れば問題ないんですが、痛みを自覚しにくいので投げ続けてしまいがち。経過が悪いと投球自体ができなくなって、最悪、野球を断念せざるを得なくなるパターンもあります。我々が特に力を入れているのは、この成長期の子どもの野球肘予防です。

 

――門間先生の普段の仕事内容と、野球肘予防にまつわる活動を始めたきっかけを教えてください

   普段は北海道大学病院のスポーツ医学診療センターで、整形外科医として勤務しています。専門分野は肩・肘の投球障害。今回、日本賞をいただいた野球肘検診の活動はもちろん、北海道で野球をしている高校・大学生、社会人、シニアの選手やチームに請われて指導や検査を行うほか、日本ハムファイターズのチームドクターも務めています。

   僕自身、小学2年から大学院まで野球をしていました。ピッチャーだったこともあり、実際に野球肘と思われる痛みが起こり、半年ほど投球を禁止されて病院通いを余儀なくされたことも。こうした経験が、整形外科医を目指したきっかけであり、現在の「北海道野球肘検診」での活動にも結びついています。

――「北海道野球肘検診」の具体的な内容・特徴は?

  医師による超音波での野球肘検診に加え、心臓の超音波検査と、理学療法士によるストレッチ指導を同時に行っているのが北海道ならではの特徴です。

   野球肘、特に痛みを感じない肘外側に関しては、早期発見・早期治療が大切です。重症になると、肘が曲がらなくなって顔を洗えなくなることもありますから。現在は超音波検査が普及したことで、効率的かつ誰がやっても異常を発見できます。将来的にはワンコインくらいの値段でより気軽に検査が受けられるような体制を整えられれば、と思っています。

   また、心臓の検査に関しては、運動中の心停止・突然死予防を目的に始めたものです。年にわずかですが、心臓に先天的な異常を抱えたまま運動して突然死する子がいます。だから早いうちに超音波検査を一度受けて問題の有無をはっきりさせておけば、安心してトレーニングに取り組むことができるんです。

野球肘検診で、併せて心臓の検査も行うのが「北海道野球肘検診」の特徴でもある

 

――現在の状況や今後の抱負を教えてください

   2010年から試行錯誤して活動を行ってきて、参加者数も増えてはいますが、まだまだ「野球肘検診」は道半ばです。

   というのも、例えば札幌市内だけでも、小学4年生以上の野球人口は3〜4千人。そのなかで、野球肘検診を受けている人は1/3に留まります。参加者がなかなか増えない理由は、一つには検査で異常が発見されるのが嫌だ、という感情もあるのかなと思っています。ただ、我々は野球肘と診断しても、選手に野球を止めさせることはしません。なんとか野球を続けられるよう、ストレッチ指導やアドバイスを行っているので、ぜひ安心して検査を受けてほしいですね。

  いずれにせよ、この活動をより正しく広く認知して、少しでも野球を長く続けられる人を増やせるよう、今後も尽力していきたいと思っています。

(取材・文◎裃トオル)

 

この記事をSHAREする

RELATED ARTICLE