運動器のリレーエッセイ「ランニングにハマる」池内昌彦(高知大学医学部整形外科 教授)
長引くコロナ禍で運動不足が問題になっていますが、手軽に始められるランニングが人気で市民ランナーは増えているようです。
走るのだけは苦手とランニングを敬遠していた方も、いざ走り始めるとランニングにハマることが少なくありません。さて、では人はなぜ走るのでしょうか?
ランニングの目的は、運動不足解消だけではなく、健康増進、ストレス発散、仲間づくり、達成感を得るため、マラソン大会に向けた練習など多様です。ランニングによって、体力、筋力、心肺機能向上などの身体的効果のみならず、抑うつ、不安、ストレス解消、さらには認知機能向上効果なども明らかになりつつあります。このように、今日ランニングは代表的なエクササイズとして有名になっていますが、実はそのルーツはヒトの起源にまでさかのぼることができるようです。
チーターと100m走勝負をすれば完敗するのは火を見るより明らかですが、10000m走やマラソンではヒトが勝ちます。チンパンジーはヒトに最も近い動物として知られ、DNA配列の95%はヒトと共通していますが、ヒトのようなランニングはできません。ヒトはチンパンジーと異なり、体毛が少なく汗腺が発達し、体温調節機能に優れ、長時間ランニングするのに都合がよいように脚が長くなり、お尻の筋肉(大殿筋)やアキレス腱、頭を支える首の靱帯(項靱帯)が発達しています。
人類の進化の過程をみると、これらのランニングを可能とする身体的特徴は、猿人(アウストラロピテクス)には乏しく、約200万年前に誕生したホモ属になって明らかになったようです。当時、私たちの祖先は肉食で、動物の死体から石器を使って肉を切りとり食事にしていました。ハイエナよりも先に食事にたどり着くためにランニング能力が極めて大事であったと推測されます。
ランニングによって得られた高たんぱく・高脂質の安定した食生活は、人類の脳を飛躍的に発達させました。その後、狩猟のための弓矢が約2万年前に開発されるとランニングの重要性は薄れていきますが、200万年以上も続いた生活スタイルを私たちの体は記憶しているのでしょう。ランニングにハマるのは偶然ではなく、人類の進化の産物なのかもしれません。
文・池内昌彦(高知大学医学部整形外科 教授)