インタビュー 2021.03.01

女優・いとうまい子さんに聞く! 「私がロコモ対策用ロボットを開発した理由」

今回のゲストは、女優・いとうまい子さん。芸能界で活躍するかたわら、45歳にして早稲田大学人間科学部に入学し、ロコモ対策用ロボットを開発。今も大学院の博士課程で研究を続けるいとうさんに、学び続ける理由と運動器の重要性について聞いた。

PROFILE・いとうまい子/1964年愛知県生まれ。82年に18歳でミスマガジンコンテストの初代グランプリを受賞し、翌年に芸能活動を開始。2010年に45歳で早稲田大学人間科学部に入学。大学院に進み修士課程を修了後、現在は博士課程に在籍し、サーチュイン遺伝子を研究中

芸能界から大学へ

 45歳のときに早稲田大学人間科学部に入学しました。そもそもの目的は、ひと言で言うと“恩返し”のためでした。高卒ですぐ芸能界にデビューして以来、自分がここまでなんとかやって来られたのは、周りのスタッフやファンがの皆さんが支えてくれたから。どういう形でかはわからないながらも、みなさんに恩返しがしたいと思い続けていたんですね。

  ただ、自分は18歳からずっと芸能界ひとすじ。自分の中に恩返しできるような土台がないことを痛感していました。そこで、まずは大学に入って勉強し、自分の土台を作ろう、と思ったんです。

  じゃあ、どんな分野を学ぶのか。考えたときに頭に浮かんだのが、予防医学でした。というのも、20年ほど前に、文部科学省が推進していたオーダーメイド医療プロジェクトのビデオに出演したことがあり、そこで予防医学の重要性に触れて、いつもそれが頭の片隅にあったんですね。

  さっそく調べてみると、早稲田大学人間科学部で学べるとわかり、eスクール(通信教育課程)を受験することに。全国を飛び回る機会も多い芸能活動と並行して勉強するには、オンデマンドで授業が受けられるeスクールは、まさにうってつけでした。面接で「芸能人はすぐやめるから」なんて渋られもしましたが、やる気をアピールして、なんとか入学することができました。

  それで、いざ大学生活が始まったわけですが、これがとんでもなくハードな4年間で(笑)。仕事をしながら合間にパソコンで授業を聴講し、課題のレポートを提出して、期末テストを受けて……と、目が回るような毎日。ある時など、仕事のロケと大学の課題が重なり、徹夜が続いて、ストレスのあまり帯状疱疹になったことも。

   あまりに大変でくじけそうになることもしょっちゅうでしたが、そのたびに「まだ自分は何の恩返しもできてないぞ」と自分に言い聞かせて、なんとか乗り切ってきました。

2015年12月ロボット展にて、いとうさんが発案したロコピョン

 

 

ロコモ対策ロボの開発

   ロボットを開発したのは、大学3年時にロボット工学のゼミに参加したのがきっかけです。先ほどお話したように、大学に入ってメインで受けていたのは予防医学の授業でした。そのまま予防医学の教授のゼミに入るつもりでいたんですが、教授の定年退任が決まり、予防医学のゼミ生を取らないことになってしまって。これは困ったな、と途方にくれていたら、20代の同級生が「ロボット工学のゼミが面白いよ」と教えてくれて、そこに飛び込んでみることにしたんです。

   すると、縁って面白いな、と思うんですが、そこにたまたま現役の整形外科医の方が、2年生としてゼミに入ってきたんです。その方を通じて「ロコモティブシンドローム」について初めて知って、ますます超高齢化社会が進むに当たり、自分にも何かできないか、と思うようになりました。

   まず考えたのは、ロコモ対策としてよく挙げられるスクワット運動です。これは、正しい姿勢で1回ずつしっかり行わなければ意味がありませんよね。変な体勢で行うと怪我のリスクも出てきます。そこで、スクワットの正しい姿勢を検知する装置を開発したんです。

   それを国際ロボット展で展示したところ、たまたま通りかかったある企業の方に、「これは素晴らしいアイデアだから、今後も開発を続けるなら、共同でやらせてもらえませんか?」とお声がけいただいたんです。

   その時点では、大学院に進学するつもりはなかったんですが、このご提案がきっかけで、「まだ多くの人たちに恩返しができた、と言えるレベルじゃないし、大学院でもっと研究を続けてみよう」と決意したんです。

   それで、その企業さんとのコラボで完成したのが、高齢者の方にスクワットを習慣づけるための卓上ロボット「ロコピョン」でした。ウサギ型で、1日3回、決まった時間に自分の前に来るようメッセージで促し、実際に立って希望のスクワット回数を伝えると、正しいペースで一緒に屈伸してくれる、ロコモ対策支援用ロボットです。

ロコモの認知度を上げるには?

 人生百年時代、ロコモ対策の重要性が叫ばれて久しいですが、まだまだロコモという言葉は広がってないな、と思うことが多いですね。たまに講演会などで「ロコモを知っている人?」と挙手してもらっても、会場の大多数が知らなかったりします。

 結局、歩けなくなって初めて気づく人がほとんどなんだと思います。つまずく頻度が増えたり、歩くペースが落ちたり、そういう微妙な変化からロコモが始まっている、という認識を持つ人が少ないのは問題ですよね。だから私、別にどこの協会にも属していないのに、勝手にロコモを啓蒙しているんです(笑)

  理想は、50代の人に、ロコモをちゃんと認知してもらうのがいいのかなと。それくらいの年代の人には、70〜80歳くらいの親御さんがいるはずで、まずは親の寝たきりの可能性について向き合う覚悟ができますよね。同時に、歳を重ねて、やや頑固になった高齢の親御さんたちでも、身近な家族に諭されれば運動を習慣づけるようになるかもしれないし、少なくとも今より気をつけて生活するようになるんじゃないかなと思うんです。

   ポスターなどで訴えるだけでなく、例えば駅の階段などに「ここまで登るのがツラかった人はロコモかも?」などと表示して関心を得るとか、ひと工夫あるといいのかもしれませんね。

 私自身のロコモ対策はと言えば、毎日1時間ほど散歩しているのと、寝る前のスクワットです。7秒かけて沈んで7秒かけて立ち上がる、すごくキツいスクワットを続けています。時間がないときは、トイレのついでに何回かやってみたり、何かしら運動はしていますね。

早稲田大学研究室にて

 

挑戦はまだ続く

 大学に話を戻すと、修士課程の2年間を終え、博士課程に進んでもっと深く研究したい、という意欲が生まれました。ただ、ロボット工学の教授は博士課程を持っていなかったんですね。そこで調べてみると、修士課程で必ず授業に出ていた基礎老化学の教授が博士課程のゼミを持っていることが判明。すぐお願いして教授会にかけてもらい、面接もクリアして、領域替えを認めてもらえました。だから今は、抗老化に大きく関係するサーチュイン遺伝子について研究しています。

 同時に、AIベンチャーと一緒に、新たなロコピョンも共同開発中です。ロボットの弱点は壊れること。壊れたら、メカに詳しくない高齢者は使うのをやめてしまうと思うので、映像を使ってスクワットを楽しみながらできるシステムを作っています。いずれは高齢者施設などで利用してもらえたら嬉しいですね。

 50代になっても、こうして多方面で挑戦を続けられるのは、ある時から「歳相応」という考えをやめたのが大きいのかもしれません。もともと童顔だったこともあり、30歳くらいまでは、もっと大人びた雰囲気を作ろうと、好きでもない濃いメイクをしてみたり、自分らしくなく歳を追いかけていました。でもある日、兄から預かった犬がのびのびと生きている姿を見て、もう年齢に合わせて無理するのはよそう、と思ったんです。そしたら、逆にいろんなことに気軽にチャレンジできるようになった気がします。今後も、みなさんに恩返しができるまで挑戦を続けていきたいですね。

2021年3月1日

取材・文:田代智久 / 写真:小野田尚武

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