コラム 2022.06.14

運動器リレーエッセイ「肩の力を抜いてみませんか?」大工谷新一(北陸大学医療保健学部教授)

 私たちが何かに挑戦する際や緊張する場面で「肩の力を抜いて」という言葉を使うことがあります。何かを頑張る際には、肩だけでなく目や手足など身体のいろいろな部位に力が入るものです。力が入った状態では良い結果が得られないので、良い結果を出すために力を抜いて構えることが大事なのだと言われてきているのでしょう。

 「力が入る」という状態は、肩や手足だけでなく目のまわりなども含めて、筋肉が収縮している状態ですので、「力を抜く」というのは筋肉の収縮を緩めるということになります。では、どれくらいだと「力が入りすぎた状態」で、どれくらいの力であれば何かの準備に適した「うまく力が抜けている状態」となるのでしょう。

 ケガや病気のない学生を対象に筋肉の力の入り具合と脳・脊髄の反応時間の研究をしてみたところ、手足の筋肉に最大(100%)の力を入れている時よりも,最大より少し力を抜いた状態(75%)の方が脳・脊髄の反応が良いということが以前から明らかとなっています(大工谷ほか, 1995, 1997)。このことは、陸上競技のスタートダッシュの時や飛んでくるボールを受け止めるために待っている時など,私たちが何かに対して反応するために「構えの姿勢をとっている」時には、最大に力を入れて構えるのではなく最大より少し力を抜いた状態が適しているということを示しています。

 逆に、とても緊張している状態を「ガチガチになっている」、「体が硬直する」と表すことがあります。「固唾を飲む」とは、緊張して口腔周囲の筋肉に力が入り、また呼吸数も少なくなることで、口の中に唾が溜まりやすくなることを表しています。これも「力が入りすぎた状態」と言えるでしょう。

 筋肉は全身で600以上あると言われています。筋肉と精神状態は関係が深く、精神的な緊張は筋肉を硬くさせ(収縮させ)、精神的にリラックスしている時には筋肉も緩んでいます。この逆もまた然りです。筋肉は温度変化によって緊張が変わるため、昨年の流行語にもなった「ととのう」ことにも筋肉が関係していると考えられます。

 さらに重要なこととして、筋肉は運動によって強くなるだけでなく、その緊張状態も緩和します。適度な運動は筋肉や運動機能の衰えを防ぐだけでなく、精神機能や心の緊張状態にも良い影響を及ぼします。外出したり、仲間と一緒に汗をかいたりということが難しい時期かもしれませんが、適度な運動で心も体もリラックスし、肩の力を抜いてみませんか。

文・大工谷新一(北陸大学医療保健学部教授)

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