特集 2023.09.01

侍ジャパン前監督・栗山英樹氏が語る「選手の力を引き出す方法」

子どもは自分でスイッチを入れる

――逆に、見守るというより「ここがダメなんだ」とか「もっとこうしろ」などと必要以上に気合を入れて我が子を熱血指導している親御さんもいらっしゃいますね。

「いまだにいますよね。失敗したり負けたりするとガーッと怒ったりする人って。僕からすると、意味がわかりません(笑)。長年、プロ野球の世界でいろんな選手と会ってきた経験からすると、『誰のおかげで野球が上手になったと思う?』と聞いた時に、具体的な名前を挙げられる選手はまずいません。あの大谷翔平だってそうです。つまり、みんな自分で上達してきたんですよね。だから親や指導者が感情的になったり躍起になりすぎるのは、少し違うと思うんです。

子どもというのは、自分でスイッチを入れて上手くなるもの。その瞬間は必ず来ます。だから、そのための環境をいかに作ってあげるか、ということに主眼を置いたほうがいい。親が子どもに無理をさせたからといって、野球が上手くなることはまずないです。そこは気をつけてあげてほしいですね」

北海道日本ハムファイターズの監督時代。©H.N.F.

――スイッチが入りやすい環境というのは、具体的にはどういうものですか?

「選手というのはたいてい“自分は精一杯やっている”と思って練習しています。しかし実はまだ100%出し切れていなかったり、逆にやりすぎていたり、あるいは努力の方向性を間違っているかもしれない。それを見極めて適切に導いてあげることが、先ほどお話した“スイッチを入れやすくする環境作り”です。

プロ野球の世界だと、選手のスイッチを入れるためにあえてプレッシャーをかけたり、試合で使わなかったり、逆にねぎらいの言葉をかけたり、さまざまな方法でスイッチが入るよう工夫して接していきます。いずれにしても、選手はそのスイッチを自分で入れるしかないわけですが、子どもの場合は、夢や憧れ、可能性を示したり確認し合ったりして、『僕もああなりたい!』と奮起してもらうのが早道かもしれませんね」

――選手や子どもの性格によっても、接し方を変える必要がありそうですね。

「それはもちろんですね。大人のプロ野球選手でも、性格は千差万別です。人によって今は声をかけたほうがいいとか、放っといたほうがいい、など対応がまったく変わってきます。ビジネス書や指導のノウハウ本に書いてあるようなことだけではとても対処できない。それほど人の心というのは複雑です。今日と明日では心模様がガラリと変わりますからね。特に子どもは繊細なので、指導者が彼らの心の動きを細かく観察する必要があります。そうして気をつけて見ていれば、感情的に怒鳴ったりはできなくなると思いますね」

――例えば投手で打たれたり、逆に打者で打てなかったり、うまくいかなくて落ち込んでいる子どもには、どう接するのがよいでしょうか?

「僕はそういう時は『よかったな!』って言いますね。人間、もうできることは頑張れないですよね。頑張ったり努力ができるのは、できなかったり苦しいことが眼の前にあるからです。つまり落ち込んだり悔しいと思う時って、野球が上手くなるチャンスなんです。だから僕は『ガッカリしてるとこ悪いけどさ、これでまた頑張れるな!』なんて普通に言っちゃいますね(笑)」

――野球に限らずですが、よく「勝たないと意味がない」という言葉がありますが、栗山さんはこれをどう捉えていらっしゃいますか?

「その言葉には、たぶん続きがあると僕は思ってるんですね。侍ジャパンの選手にも伝えたんですが、歴史というのは勝者の歴史です。本当はもっと良いものや優れた人がいたとしても、負けたら記録には残りません。だから本当に“良いもの”を残そうとするならば、勝って結果を残さないと“良いもの”として記憶されませんよ、というのが『勝たないと意味がない』という言葉の真意なのかなと。正直、僕も勝敗は二の次でいい。でも諦めて最初から負けてもいいや、という態度で臨むのは一番やめてほしいことです。勝とうと思って戦わなければチャンスもないし、課題も見つからないし、上手くもなりませんからね」

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