レスリング世界王者・成國大志さんに聞く「ギリギリまで自分を追い込む方法」とは?
逆境を跳ね返してパワーをつける
このパワーの重要性に気づいたのが、2017年10月、大学2年生の時でした。愛媛国体の男子フリースタイル61kg級の準々決勝で、後に東京オリンピックの金メダリストになる乙黒拓斗(当時は山梨学院大学)選手と対戦したんです。
拓斗は僕の1歳下で、キッズ時代から一緒に切磋琢磨してきた仲です。彼はもともとテクニシャンでしたが、久しぶりに組み合ってみると、力がケタ違いに強くなっていた。結果は、試合開始2分で10-0のテクニカルフォール負け。瞬殺されました。技術にパワーまで兼ね備えた乙黒選手に完敗し、心が折れそうになりましたが、それ以上に「もっとパワーをつけないと話にならない」と強く思ったんです。
そして、同じ2017年12月にドーピング検査に引っかかり、1年8カ月の資格停止処分(試合出場とチーム練習参加が禁止)を受けたことも、結果的には強くなれた要因の一つだと思っています。
経緯をお話すると、ロシア・ヤクーツクでの試合中に市内が大停電に見舞われ、汗だくの状態なのに温水シャワーが浴びれず、体が冷え切って気管支炎になってしまったんです。帰国後も咳に血が混じるほどひどい状態だったこともあり、急遽、子どもの頃から通っていた病院で薬を処方してもらいました。ところがその薬に、たまたま禁止物質が含まれていて、検査に引っかかってしまったんです。
最初に通告された資格停止期間は4年。結局、そこからスポーツ仲裁を経て1年8カ月に短縮されたのですが、当時はもう頭の中が真っ白になるほどショックで。幼い頃からレスリングしかしてこなかったのに、これを取り上げられるのかと思うと、死にたくなるほど落ち込みました。
正直、引退も頭をかすめましたが、落ち着いてよく考えてみたら、1年8カ月なら大学最後の全日本学生選手権(インカレ)出場には間に合うな、と。これを目標に、新たな気持ちで頑張ることにしたんです。
資格停止処分中は試合出場とチームでの練習が禁じられていたので、ランニングや筋トレなど、一人で取り組む練習しかできません。しかし逆に言えば、そのおかげで肉体改造に専念でき、同時にトレーニングの方法を改めてじっくり勉強できました。
レスリングは、基本的にはマットでのスパーリングの練習が多いんです。でもみんなと同じことをしていても、乙黒選手には勝てる気がしなかった。そこで、パワーをつけるための筋トレを取り入れることにしたんです。
それに、自分なりにいろいろ調べていくうちに、食生活や睡眠の方法など、細かい部分も含めて、今まで取り組んできたレスリングの練習の効率の悪さに気づいた、というのもあります。
結果としては、この期間があったからこそ、2019年のインカレで優勝(6試合中、5試合でテクニカルフォール勝ちの圧勝)できたし、昨年(2022年)、セルビア・ベオグラードで開催された世界選手権を制することもできたと思っています。いま振り返れば、パワーアップのための貴重な時間をもらったな、という気すらしますね。