「コロナ禍で明らかに低下した高齢者の骨密度….回復のために」ー現役病院長によるエッセイー
現役の病院長の田尻康人先生(東京都広尾病院病院)によるコラムをお届けします。今回のテーマは「新型コロナウィルスと運動器」についてです。
コロナ禍で明らかに低下した高齢者の骨密度….
新型コロナウイルス感染の波が落ち着いた頃、半年ぶりに受診されたご高齢の患者さんに、「外に出て歩く機会が減っていませんか?」と近況をお伺いすると、「外に出て人に会うのが怖いので、めっきり外出しなくなりました。買い物もなるべく買い溜めして控えるようにしています。」という答えが返ってきた。それまでずっと維持できていた骨密度が今回の検査では明らかに低下していて、この患者さんの活動量に変化が生じたことが容易に想像できた。新型コロナウイルスの流行以来、同じように骨密度が低下したご高齢の患者さんをしばしば目にしてきた。
令和2年1月に我が国で初めて新型コロナウイルス感染症が発生し、その感染力の強さと致死率の高さから私たちの生活は大きな影響を受けることとなった。緊急事態宣言が発令され、人と人との接触を減らために不要不急の外出自粛や三密の回避など、社会活動は大きく制限された。その結果、多くのことが自宅で済むようになった。在宅勤務に必要な設備は急速に浸透し、会議や学生の講義はWEBで行われ、レストランの食事もスマホで注文すると宅配されるようになった。一方では朝夕の通勤電車は空いており、飲食店はコロナ対策と営業制限で閉店も目立つようになった。街中の人影は疎らで、人々の社会活動は激変した。
日常生活における外出が高齢者の骨密度維持に重要であるように、コロナによる社会活動の制限は他の年代にも影響を及ぼしている。スポーツ庁の令和3年度体力・運動能力調査結果によると、大学生から40歳までの年代には目立った変化は見られないが、男子中・高校生と女子中学生、ならびに50歳代の女性を除く40歳代から70歳代までの男女各年代においてはコロナ流行前の令和元年に比べ運動能力が低下している。特に40歳代から70歳代の運動能力低下は、それ以前数年間に比べて最も低い値を示す年代が多い。新型コロナウイルス流行による運動器への影響が40歳以上の中高年代に最も強く作用したことが伺える。
運動が生活習慣病の予防改善に効果があることは、よく知られた事実であり、この中高年代の運動能力低下からは生活習慣病の発症増悪も危惧される。令和5年5月に新型コロナウイルス感染症が5類に変更され、症状の軽症化とともに社会活動も以前の状態に戻りつつある。少しでも以前の生活を取り戻し、コロナの時代に停滞し悪化していた運動器の健康を回復し増進させることがすべての人にとって必要急務である。
地方独立行政法人 東京都立病院機構 東京都立広尾病院 病院長 田尻康人