運動器の健康・日本賞

2023年度 運動器の健康・日本賞

審査委員による選評

当協会では、今般の審査にあたり、下記の12名による審査委員会で厳正な審査を行いました。

審査委員
松下 隆
専務理事 福島県立医科大学 外傷学講座特任教授/南東北グルー プ外傷統括部長/新百合ヶ丘総合病院 外傷再建センター センター長
稲垣 克記
理事 昭和大学病院附属東病院 病院長
竹下 克志
理事 自治医科大学 医学部整形外科 教授
三上 容司
理事 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院 病院長
武藤 芳照
理事 東京大学名誉教授/(一社)東京健康リハビリテーション総合研究所 所長
吉井 智晴
理事 東京医療学院大学 保健医療学部 リハビリテーション科 教授
早野 晶裕
エーザイ㈱ エーザイ・ジャパン 製品戦略推進部 プライマリーケア室 室長
奥田 英邦
第一三共㈱ マーケティング本部 プライマリ・マーケティング部 部長
鶴田 光利
久光製薬㈱ 執行役員 医薬事業部 事業部長
伊藤 通
小野薬品工業㈱ 営業本部プライマリー製品企画部 部長
江波 和徳
共同通信社 編集局スポーツ企画室委員
中村 幸司
NHK解説委員室 解説委員
運動器の健康・日本賞 選評
応募事業・活動の名称
さんごのからだプロジェクト
応募団体・個人
Women's Body Labo・WiTHs

 産後健診は産後2ヶ月で終了するが、その後も腰痛など体力や身体能力の低下による障害に悩む女性は多い。そこで、長年女性の健康支援に取り組んできた団体である川崎市のWomen’s Body Laboと女性の健康についての調査研究の経験を持つ神戸市のWiTHs(Women’s individual Total Health Support)(両団体とも女性理学療法士によって設立された)とが協働で、2019年に産後女性の体力、身体機能を明らかにして、産後の運動器疾患の予防を促進することを目的に本プロジェクを立ち上げた。

 まず産後1ヶ月以上の女性を対象に、ロコモ度テスト、新体力テスト、質問紙調査を行い、テスト結果をその場でフィードバックし、自宅ですぐに開始できる運動やストレッチを指導すると共に、公式LINEやオンライン講座を通じて継続的なサポートを行なった。その後の継続的な調査でロコモ度1以上に該当する女性が65%、週3回以上の運動習慣のある女性は1割程度、体力増進の必要性を感じている女性が97%であることが分かった。そこでこのプロジェクトに賛同し産後女性に対して運動器の健康増進に寄与できる人材を増やすために、計測や運動指導ができるサポーターやアドバイザーの養成を開始し継続している。

 近年、少子高齢化が問題とされ、こどもの健康増進や障害の予防については様々な取り組みがなされているが、産後の女性の運動器の健康に着目したプロジェクトは少ない。この活動によって、子どもの健やかな成長を健康な母親が見守るとともに、母親も早期に元気に社会復帰できるようになることを期待して日本賞に選定した。

審査委員:松下 隆
運動器の健康・優秀賞 選評
応募事業・活動の名称
新潟県小千谷市における乳児股関節エコー検診
応募団体・個人
新潟大学大学院歯学総合研究科 フレイル予防のための運動器科学講座

 発育性股関節形成不全(DDH)の早期発見のために、新潟大学大学院医歯学総合研究科フレイル予防のための運動器科学講座は、乳児期に行われる股関節検診にエコー検査を導入した。特徴は、これを一次検診で実施している点である。一般にDDHの検診は、股の開き方や脱臼の有無などを視診や触診で調べ、異常やその疑いがあるケースを対象に二次検診としてエコーやX線などの検査が行われている。一方、この取り組みは、比較的経験の影響を受けにくいエコー検査を一次検診の段階で行うことで、早期発見の確実性向上を図っている。X線とは違って非侵襲であることも、乳児期の検査としては重要である。専門医の偏在や少子化などを背景に、乳児検診の質の確保が課題となる中、将来的にも、その意義を評価するものである。

 これまでに、新潟県小千谷市で約3年の間に900人が受診し、1人の脱臼を早期発見した。ただ、成果はそれにとどまらないと考えられる。泣くこと以外に自ら症状を訴えることができない乳児期は、保護者にとっては心配事が尽きない。それだけに、エコー検診は安心感につながったものと推察される。

 普及に向けて、技術開発の研究が進められ、エコー検診の実施者を増やすためのセミナーの開催などが計画されている。引き続き、エビデンスを積み上げて、この取り組みの効果に関する科学的説得力をさらに高め、今後の展開の加速につなげることを期待したい。

審査委員:中村 幸司
応募事業・活動の名称
地域デビューまでしっかり支える介護予防サポーター養成
応募団体・個人
特定非営利活動法人 元気アップAGEプロジェクト

 この事業は自立生活を望むシニア層支援を主な目的として、介護予防の担い手の養成と活動サポートを一貫して行うことによって、地域での活動の場を確立することを目指している。

 2011年に京都府亀岡市と京都府立医科大、京都学園大(現京都先端科学大)などが協力して行った同市内高齢者へのニーズ調査、通称「亀岡スタディ」から得たデータを起点として、介護予防プログラムの確立を目指したNPO法人が2014年に発足。予防プログラムの普及には担い手の存在が不可欠として運動、栄養、口腔ケアなどを軸としたサポーターの育成を継続している。

 介護予防サポーター養成講座はこれまで亀岡市、南丹市、八幡市など京都府内の6自治体で計41回実施した。高齢者研究や栄養、歯科衛生の専門家らが講師を務めた12時間の講座を1097人が修了し、このうち170人ほどが介護予防体操・筋トレ教室の「元気アップ体操教室」などで常時活動を行っている。

 地域の高齢者の介護予防運動に寄与するとともに、サポーター養成講座の修了者が新たな受講者を指導することで地域に根付いた財産の輪が広がっている。地域の人材活用や、介護予防の経済負担減などを生み出している活動が今回評価された。

審査委員:江波 和徳
運動器の健康・奨励賞 選評
応募事業・活動の名称
バスケットボール障害予防メディカルチェック
応募団体・個人
福島県立医科大学 整形外科学講座

「子どもたちに楽しく安全にスポーツを続けて欲しい」このことは本会の願いでもある。貴団体は、福島県会津若松地区のミニバスケットボールチームに所属する小学生を対象に、2012年からの長期にわたって、メディカルチェックに取り組んでくださっている。当事者の小学生だけでなく、保護者やチームの指導者へも関わることにより、多層的に支援することができ、その成果は、Osgood-Schlatter病の有病率の低下にも現れている。

 さらに、その運営方法は、貴団体を中心に元女子バスケットボール日本代表選手主催のクリニックや同地区の理学療法士、医学生のボランティアと連携し、支援者の特性を活かして多角的に子どもたちに関わることができている。それは、単に「メディカルチェックを実施する」だけでなく、全ての専門職の大人たちが、子どもたちのロールモデルにもなるのではないかと思った。本会の目標の一つである「運動器疾患の早期発見と予防体制の確立」に大きく貢献しており、今回の受賞となった。

審査委員:吉井 智晴
応募事業・活動の名称
全国の孤立する高齢者へ介護予防と健康を届ける取り組み
応募団体・個人
石田竜生(一般社団法人介護エンターテイメント協会代表)

 作業療法士でお笑い芸人でもある石田氏は「介護エンターテイナー」として、全国150ヵ所以上の介護施設をボランティアとして訪問し体操の指導を行うと同時に、高齢者やスタッフに笑いをもたらした。また、Zoomを利用した体操教室を実施したり、YouTubeを利用して体操教室を発信したりして、外出できない多くの高齢者に体操と笑いの機会を提供した。
笑いが健康に及ぼす好影響は広く知られており、お笑い芸人と作業療法士の2つ顔を持つ石田氏が、対面だけでなく、Zoom, YouTubeという今日的なコミュニケーションツールを利用して、新型コロナ禍で引きこもりがちな高齢者に運動と笑いをもたらした功績は大きい。

 運動に笑いの要素を加え、さらに、Zoom, YouTubeといった最新のツールを用いて自宅から出られない高齢者にアプローチしたことが高く評価された。今後この活動がさらに広がることにより一人でも多くの高齢者が笑いながら体を動かすようになることを期待する。

審査委員:三上 容司
応募事業・活動の名称
座・タップダンスで足から健康に
応募団体・個人
中野ブラザーズ/中野章三

 本取組みは85歳の現役最高齢タップダンサーである中野章三氏が、超高齢者社会に役立つ活動をと考え、一般中高年の健康づくりのためのタップダンスを考案したものである。

「イスに座って!気軽にタップ 楽しいリズムで健康に!」をテーマに中高年者でも膝や腰に負担をかけずにタップで足を動かすという斬新な発想で普及に取り組まれている。「座・タップダンス」として参加型イベントを開催し、高齢者と共に踊って介護予防活動を展開している。タップダンスの要素である音楽と調和させて、からだを動かすという楽しさが基本でありながら、この「座・タップダンス」は、体重負荷をかけず、座位のまま安定した姿勢で、両足を自由にリズムに合わせて動かせばできる。この気軽さと親しみやすさが継続した運動習慣につながるだろう。

 また、インストラクターを多数育成され、全国の様々な場所で「座・タップダンス」をおこなっている。さらに座って踊る喜び、踊れる幸せの輪が全国で広がっていくことを期待したい。

審査委員:鶴田 光利
応募事業・活動の名称
「地域運動指導員」とともに進める、持続可能な運動器の健康地域づくり
応募団体・個人
身体教育医学研究所うんなん

 島根県雲南市では地域の高齢化や人材不足などの課題に対応すべく、「地域運動指導員」を通じた健康・体力づくりが行われている。26年前の1997年から始まったこの活動は住民ボランティアであり、身体教育医学研究所うんなんと雲南市による育成により、身近な人々への「運動指導」や「声掛け」により身体を動かす「楽しさ」と「大切さ」の普及に努めてきた。新型コロナという試練も乗り越え、これまでに計186名の地域運動指導員が誕生し、活動を続けている。昨年度の「運動指導」回数は660件(延べ参加住民5,692人)、「声掛け」人数は延べ19,552人に及ぶ。この活動は介護予防のみならず運動器の健康づくり活動を正しく体現したものである。

 地域共生社会の重要性が叫ばれており、各地で様々な取り組みが始まっている。雲南市での地域運動指導員はその先駆けの一つであり、運動器の健康の意義を示してきた取り組みといってよいだろう。奨励賞に相応しい活動である。

審査委員:竹下 克志